日常を、交換する。

観光は非日常を買う。
わたしたちは、日常を交換する。

数が、増えない場所で。

隠岐諸島を訪れる人は、長いあいだ少しずつ減ってきました。 島に暮らす人も、宿を開ける人も、船を出す人も、少しずつ減っていきます。

こういう場所に用意されてきた答えは、ずっと同じでした。もっと知ってもらう。もっと来てもらう。 もっと使ってもらう。

けれど数は増えません。増えないことは、統計がすでに言っています。 わたしたちは、増えない前提から始めることにしました。

観光は、終わるようにできている。

観光とは、非日常を売る商売です。来て、見て、食べて、写真を撮って、帰る。

非日常は、終わることを前提にしています。終わるから非日常であって、 終わらなければ、それは生活になります。うまくいった旅ほど、人は次の旅先へ向かっていく。 それは観光という仕組みが持つ、自然な性質なのだと思います。

隠岐を訪れる人の6割は「自然を見に来た」と答えます。来て、見て、食べて、帰る。 それは十分に価値のある旅です。

問いは、人が減っていくこの土地が、
通り過ぎていく関係だけで、この先も続いていけるか。

わたしたちは、通り過ぎていく関係のその先にある、 もう一つの時間の使い方を提案したいと思っています。

わたしたちがやっているのは、
線を越えられるようにすることです。

土地と人のあいだには、線が引かれています。数えてみると、三本ありました。

  • 線 01日常と、非日常
  • 線 02地元と、よそもの
  • 線 03言葉

日常と、非日常。

漁を手伝う。

海の見える部屋で、オンライン会議に出る。

港を歩いて、名前を覚えられる。

自分の日常である仕事を持ったまま来て、その土地の日常に入っていく。 この往復が起きたときにだけ、関係というものが残ります。

人は、他人の非日常とは関係を結べません。関係を結べるのは、 相手の日常に対してだけです。

観光は非日常を買う。
わたしたちは日常を交換する。

いつか島でご一緒したいのは、神輿を担いだり、漁を手伝ったり、といったことです。 こうした交流のひとときに、わたしたちは料金をつけるつもりがありません。 代金を介在させた瞬間に、それは商品になり、非日常に戻ってしまうからです。

こうした場は、これから少しずつ用意していきます。

地元と、よそもの。

観光では、訪れた人は最後まで「お客さん」でいます。 もてなす側ともてなされる側の線は、滞在が終わるまで消えません。

けれど神輿を担げば、その日は担ぎ手になる。網を引けば、その朝は乗り手になる。 役割を持った瞬間に、人はお客さんではなくなります。

役割は、島の側が用意したものだけとは限りません。 持ってきた仕事が、そのまま役割になることもあります。 島の外の方との会話から、わたしたちのやり方を見直したことが、何度もあります。

先に島民になってから訪れるのではありません。 訪れた事実が、そのまま島との関係になります。 滞在も、島で会った人のことも、消えずに残ります。

ただし、この線を消そうとは思っていません。
消すのではなく、渡れるようにする。

渡り方を決めるのは、渡る人ではありません。 どちらから渡るとしても、決めるのは、そこに暮らす人たちです。 神輿の担ぎ方も、網の引き方も、教わるところから始まります。 わたしたちは、そのあいだに立って、ご案内をする側です。

言葉。

隠岐を訪れる外国からのお客様は、島根県全体のわずか1.1%にとどまります。 ほとんど手つかずのままです。

けれど、神輿を担ぐのに通訳はいりません。網を引くのに日本語はいりません。 身体を使う共同作業には、共通の言語が要らない。 そこでは、その場所そのものが共通の言葉になります。

だからわたしたちは、外国から来た方のための特別なプログラムを作っていません。 同じ日常に、同じように入っていただくだけです。サイトも、確認のメールも、旅程表も、 お申し込みいただいた言語で出ます。特別扱いをしないために、そこだけを整えてあります。

日本から来たか、外国から来たかは、島にとって大した違いではありません。
何日居たか、誰と会ったかのほうが、ずっと意味を持ちます。

だから、数えるものを変えました。

何人来たか、いくら使ったか、ではありません。

何日居たか。
何度戻ってきたか。
島の誰と会ったか。

観光は毎回ゼロから始まりますが、関係は積み上がります。 二度目に見る港は、一度目とは違って見えます。 相手のことがわかるほど、その土地は細かく見えてくる。 それは、島の側にも同じだけ起こります。

そして、島の外へ。

二次交通がなく、オンラインで予約できる商品がなく、日帰りができず、担い手が足りない。 隠岐と同じ構造を持つ地域は、離島に77、半島に23、山あいにおよそ100あります。

隠岐でわたしたちが作っているのは、予約サイトではありません。
そうした場所で、三本の線を越えられるようにするための「型」です。

ここで確かめ、他所へ渡します。

地方に必要なのは、応援ではありません。

人口減少は、もう前提です。減っていく前提のうえで、 それでも稼げる事業をつくれるかどうかが問われています。

補助金で延命する事業ではなく、市場のなかで利益を出す事業を。 夏だけの雇用ではなく、冬も給料が出る仕事を。 都会に出た若い人が「戻る」ではなく「残る」を選べる場所を。

一人でも多くの担い手が、この島に、そしていずれ他の島や山あいに生まれること。 それが、わたしたちが最後に数えたい数字です。

人は減る。それでも、関係は増やせる。