日常を、交換する。

観光は非日常を買う。
わたしたちは、日常を交換する。

数が、増えない場所で。

隠岐諸島を訪れる人は、長いあいだ少しずつ減ってきました。 西ノ島に暮らすのは、いま2,420人。 宿を開ける人も、船を出す人も、少しずつ減っていきます。

こういう場所に用意されてきた答えは、ずっと同じでした。もっと知ってもらう。もっと来てもらう。 もっと使ってもらう。

けれど数は増えません。増えないことは、統計がすでに言っています。 わたしたちは、増えない前提から始めることにしました。

観光は、終わるようにできている。

観光とは、非日常を売る商売です。来て、見て、食べて、写真を撮って、帰る。

非日常は、終わることを前提にしています。終わるから非日常であって、 終わらなければ、それは生活になります。うまくいった旅ほど、人は次の旅先へ向かっていく。 それは観光という仕組みが持つ、自然な性質なのだと思います。

隠岐を訪れる人の6割は「自然を見に来た」と答えます。来て、見て、食べて、帰る。 それは十分に価値のある旅です。

問いは、人が減っていくこの土地が、
通り過ぎていく関係だけで、この先も続いていけるか。

わたしたちは、通り過ぎていく関係のその先にある、 もう一つの時間の使い方を提案したいと思っています。

わたしたちがやっているのは、
線を越えられるようにすることです。

土地と人のあいだには、線が引かれています。数えてみると、三本ありました。

  • 線 01日常と、非日常
  • 線 02地元と、よそもの
  • 線 03言葉

日常と、非日常。

朝

漁を手伝う。

昼

海の見える部屋で、オンライン会議に出る。

夕

港を歩いて、名前を覚えられる。

自分の日常である仕事を持ったまま来て、その土地の日常に入っていく。 この往復が起きたときにだけ、関係というものが残ります。

人は、他人の非日常とは関係を結べません。関係を結べるのは、 相手の日常に対してだけです。

観光は非日常を買う。
わたしたちは日常を交換する。

いつか島でご一緒したいのは、神輿を担いだり、漁を手伝ったり、といったことです。 こうした交流のひとときに、わたしたちは料金をつけるつもりがありません。 代金を介在させた瞬間に、それは商品になり、非日常に戻ってしまうからです。

こうした場は、これから少しずつ用意していきます。

地元と、よそもの。

観光では、訪れた人は最後まで「お客さん」でいます。 もてなす側ともてなされる側の線は、滞在が終わるまで消えません。

けれど神輿を担げば、その日は担ぎ手になる。網を引けば、その朝は乗り手になる。 役割を持った瞬間に、人はお客さんではなくなります。

役割は、島の側が用意したものだけとは限りません。 持ってきた仕事が、そのまま役割になることもあります。 島の外の方との会話から、わたしたちのやり方を見直したことが、何度もあります。

先に島民になってから訪れるのではありません。 訪れた事実が、そのまま島との関係になります。 滞在も、島で会った人のことも、消えずに残ります。

ただし、この線を消そうとは思っていません。
消すのではなく、渡れるようにする。

渡り方を決めるのは、渡る人ではありません。 どちらから渡るとしても、決めるのは、そこに暮らす人たちです。 神輿の担ぎ方も、網の引き方も、教わるところから始まります。 わたしたちは、そのあいだに立って、ご案内をする側です。

言葉。

隠岐を訪れる外国からのお客様は、島根県全体のわずか1.1%にとどまります。 ほとんど手つかずのままです。

けれど、神輿を担ぐのに通訳はいりません。網を引くのに日本語はいりません。 身体を使う共同作業には、共通の言語が要らない。 そこでは、その場所そのものが共通の言葉になります。

だからわたしたちは、外国から来た方のための特別なプログラムを作っていません。 同じ日常に、同じように入っていただくだけです。サイトも、確認のメールも、旅程表も、 お申し込みいただいた言語で出ます。特別扱いをしないために、そこだけを整えてあります。

日本から来たか、外国から来たかは、島にとって大した違いではありません。
何日居たか、誰と会ったかのほうが、ずっと意味を持ちます。

だから、数えるものを変えました。

何人来たか、いくら使ったか、ではありません。

何日居たか。
何度戻ってきたか。
島の誰と会ったか。

観光は毎回ゼロから始まりますが、関係は積み上がります。 二度目に見る港は、一度目とは違って見えます。 相手のことがわかるほど、その土地は細かく見えてくる。 それは、島の側にも同じだけ起こります。

そして、島の外へ。

二次交通がなく、オンラインで予約できる商品がなく、日帰りができず、担い手が足りない。 隠岐と同じ構造を持つ地域は、離島に77、半島に23、山あいにおよそ100あります。

隠岐でわたしたちが作っているのは、予約サイトではありません。
そうした場所で、三本の線を越えられるようにするための「型」です。

ここで確かめ、他所へ渡します。

地方に必要なのは、応援ではありません。

人口減少は、もう前提です。減っていく前提のうえで、 それでも稼げる事業をつくれるかどうかが問われています。

補助金で延命する事業ではなく、市場のなかで利益を出す事業を。 夏だけの雇用ではなく、冬も給料が出る仕事を。 都会に出た若い人が「戻る」ではなく「残る」を選べる場所を。

一人でも多くの担い手が、この島に、そしていずれ他の島や山あいに生まれること。 それが、わたしたちが最後に数えたい数字です。

人は減る。それでも、関係は増やせる。